• 2024/12/11
  • 院長のひとり言
「オヤジ越え」とは?

探偵ナイトスクープで
自分は中学生で身長が父親を超えた時に
オヤジ超えしたと思っていたが

結婚して子育てしてみて
「オヤジ越え」とは単純に
父親の身長を超えただけで
オヤジを超えたことにはならないと
気がついたという50代の男性が

世間の人達はどういう時に
オヤジ越えしたと思うのかを
調べてほしいという依頼だった

探偵と依頼人が実際に町に出て
訊いて回ると「身長を抜かした時」
「腕相撲で勝った時」「亡くなった年を
超えた時」とかいろいろな意見があり

実際に空手家の親子が試合をして
オヤジが勝ってオヤジ越えに失敗したり

中にはオヤジ越えなんておこがましい事
考えたこともないし超える対象でもない
という意見の人も数人いた

私は大谷翔平選手のような
世界一の野球選手に聞いてみたい

世界一なのだから当然父親よりも
野球はうまくなっているので
野球では完全に父親を超えている

だけど私は大谷選手がその事で
「オヤジ越え」しているなどと
思ってもらいたくない

もしも彼が「オヤジ越え」をしたと
思える日が来るとしたなら
彼の息子が彼よりも凄い野球選手に
育った時なのではないだろうか?

ナゼなら大谷選手自信が
お父さんの作品であり
アスリートの母親と結婚して
野球の英才教育をしてくれたから
今の大谷選手がいるのである

そういう意味で

身長とか年収とか学歴とかいろいろ
比較して父親を超えたから
「オヤジ越え」したと思うのは間違いで

結局息子がどんなに凄いアスリートや
大富豪や権力者になって成功しても
それは全て父親のおかげということに
なってしまうのである

父親としは息子の身長が私より高くなり
高学歴になってくれることは
とても嬉しく思うがそれは
父親側の気持ちであり
息子がオヤジ越えという言葉で
優越感を得るのは高慢である

私の結論として息子は自分と父親を
比較してあれは勝ったとかこれは負けている
と考えるのは自由だが

親とは感謝の対象であり
息子が超えられる存在ではないと思う

年が明けると私も還暦を迎えるが
91歳になってもかくしゃくとして
元気な父親に寿命だけは勝てる
気がしない(笑)



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