• 2024/01/29
  • 院長のひとり言
桐島容疑者に思う


1月25日に桐島容疑者が本名を
名乗って29日に死亡した

桐島容疑者は1975年4月18日に
銀座の韓国産業経済研究所に
手製の爆弾を仕掛けて
翌19日に爆発させて指名手配されていた

事件の頃私は10才だったので
知っていなければおかしいのだが
そのころの私は世間のことには
まったく興味がなかったようで
こんな大事件を知らなかった

写真を見ると高速道路のパーキングの
トイレなどでオウム真理教の
犯人と共に見たかも?と思うが

今でもまったく興味がなく
この人が治療に来ていても
私は気づくことはなかっただろう

しかし49年間も息をひそめて
逃走生活を続けていたなんて
まるで自分から無期懲役を
実行していたかのようだ

それにしても人生を棒にふるような
こんな無謀な事件をナゼ
おこしてしまったのだろうか?

1970年法政大学に結成した
Lクラス闘争委員会が源流で
戦時中の日本帝国主義がアジアで
行ってきた悪行について研究して
反日思想を増幅し

侵略行為の中心的役割を果たした
三菱、三井、帝人、大成建設、鹿島建設
間組などの企業に対して爆弾テロ行為を
繰り返したようだ

1974年「狼」というグループが
三菱重工東京本社ビル爆破事件後
「大地の牙」「さそり」というグループが
合流して思想集団全体を
「東アジア反日武装戦線」と名乗ったようだ

「狼」による犯行声明を見ると
爆弾によって亡くなった人たちは
ただの労働者ではなく帝国主義の
手先となって植民地人民の血を吸って
肥え太る植民地主義者なので処刑した

ということらしい

1945年に戦争が終結して25年も経って
日本人がこのような思想をもって
日本企業を攻撃した事件があったとは
今さらだが本当に驚きである

このような凶悪な事件を起こして
半世紀も逃亡しておいて死ぬ寸前に
私が桐島だと名乗ったのは

勝利宣言だったのだろうか?

だとすれば全く反省することなく
反日思想を持ったまま逝ったことになる

それとも偽名でコソコソと生きてきたが
人生の最後だけは自分自身として
人生を終わらせたかっただけなのか?

私には想像すらできないが

半世紀にわたる逃亡生活でひもじく
辛い思いを沢山してきたと思うが
やはり誰にも謝罪の言葉もなく
刑罰を受けずに死んだことは
ズルい人間だと言わざるを得ない。



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